大判例

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札幌高等裁判所 昭和51年(う)159号 判決 1976年10月12日

本籍

札幌市北区北三四条西一〇丁目一四四番地

住居

右同所

会社役員

深川鐵藏

大正五年七月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年七月七日札幌地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決をする。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件の趣意は、弁護人高田照市提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、当裁判所はこれに対し次のように判断する。

論旨は、被告人を懲役一年六月(三年間執行猶予)及び罰金二、五〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

そこで、一件記録及び証拠物を精査して諸般の情状を検討すると、本件は、不動産の売買を業とする被告人が、所得税を免れようと企て、売上収入を除外・圧縮して簿外預金を設定する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ、原判示の事業年度において、実際の総所得金額が一七二、一一四、五六七円であり、これに対する所得税額が一一六、三四四、七〇〇円であるのにかかわらず、原判示のように、所轄の札幌北税務署長に対し、総所得金額等を偽りこれに対する所得税額が九、九六六、三〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、正規の所得税額と申告税額との差額一〇六、三七八、四〇〇円を脱税した、という事実である。

所論は、(一)被告人は、不動産取引行為が事業性を帯びる取引回数を誤解していたため、原判示の事業年度に行った不動産の売買に関し、それが事業となることについて、確たる認識がなかったのであるから、意識的に事業性を隠蔽して所得税の申告を行ったものではなく、また(二)被告人が沢口幸一郎に苫小牧市弁天の土地を一四五、二〇〇、〇〇〇円で売り渡した件を税務署に申告しなかったことについては、同土地が農地であったため、当初被告人がこれを沢口から買い受けた際、その所有権移転の本登記手続ができなかったところ、その後同人から初めの売買を税金対策上金銭消費貸借として取扱ってほしい旨懇願され、本登記を得ていないことから、これをやむなく了承したいきさつがあるので、これらの点を量刑にあたり被告人のため有利に斟酌すべきである旨主張する。

そこで、まず(一)について検討するのに、関係証拠によれば、被告人は、昭和四四、四五年ころ、税務署へ税務相談に赴き、係官から年間三回以上の不動産取引を行えば、事業になる旨の指導を受けていること、被告人は、昭和四三年から同四八年までの間に、一八件もの不動産を取得しており、原判示の事業年度においては、不動産の取引回数も数回に達し(二件の不動産を取得する一方五件の不動産を他に売却)、その取引額も大きく、多額の利益をあげていること、しかも被告人は、その間不動産会社の役員に就任し、不動産会社に始終出入りして、不動産取引に関する情報を得るなどしていたことがそれぞれ認められる。上記の事実にかんがみれば、被告人が原判示の事業年度における自己の不動産取引についてその事業性を十分認識していたものと認めるのが相当である。したがって、この点の所論はたやすく採用することができない。

次に(二)について考えてみるのに、なるほど所論指摘のように関係証拠によれば、被告人が当初沢口から所論の土地を買い受けるについて、所有権移転の本登記手続をすることができなかったこと、その後の両者の話し合いで、税金対策上右土地の売買を金銭消費貸借に仮装したことがそれぞれ認められる。しかしながら、当初の取引において沢口との間に右の事情があったとしても、それが直ちに、その後、被告人が右土地を同人に売却した取引についてまで、当該取引による所得の申告を怠り脱税をすることを正当化しうる事由となるものではない。したがって、被告人の量刑にあたりこの点をさほど有利に斟酌することはできない。

以上の次第で、被告人の犯行の動機、態様において特に同情すべき余地に乏しいばかりでなく、本件の脱税額ははなはだ巨額であり、またほ脱税率も極めて高いこと(所得税額に対するほ脱税額の割合・約九一パーセント)などを勘案すれば、本件は、この種事犯としてはその犯情が悪質であって、被告人の所為を軽視することは許されない。

してみれば、他方において、被告人が、本件発覚後既に現在までに税務署に対し一億五〇〇万円以上の脱税額を納付していること、被告人はそれまでになんらの前科前歴を有していないことその他被告人の年令、本件に対する反省の情など所論指摘の被告人のため酌みうる情状を十分に斟酌してみても、被告人を懲役一年六月(三年間執行猶予)に処したうえ、罰金二、五〇〇万円を併科した原判決の量刑は相当であり、これを変更するだけの事由があるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決をする。

検察官 平井令法 公判出席

(裁判長裁判官 粕谷俊治 裁判官 高橋正之 裁判官 豊永格)

控訴趣意書

被告人 深川鐵藏

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は左記のとおりである。

昭和五一年九月一〇日

弁護人 高田照市

札幌高等裁判所 御中

一、原判決の刑の量定は著しく不当なものである。

二、(一) 被告人の判示所為を外形的によるとその脱税額の大きさからみて、被告人の罪責が極めて重いものと考えられるのであるが、しかし、被告人の脱税額がこのように大きくなったことには主として二つの原因があると考えられるのである。

(二) その一つは被告人の不動産取引行為が事業性を有していると認定された点であり、他の一つは沢口幸一郎との不動産売買につき全く申告しなかったことである。

被告人において、右事実をいずれも認めるものであるが、しかし、被告人に対する刑の量定するに当り、右事実を犯したことの背景について原審は考慮していないので、この点御庁におかれまして十分御検討下さるよう御願いする次第である。

(三) そこで、まず被告人の行なった不動産取引が「事業性」を有していたことに対する被告人の認識について検討する。

(1) 原審は被告人が不動産業者であることを被告人の過去における不動産取引の回数及び不動産会社の役員に就任していること或いは名刺の肩書など客観的な外形から認定しているが、しかし、刑の量定を行なうに際しては、被告人の内面的なものも考慮すべきものである。

(2) そこで被告人がこれまでの不動産取引を行なうに当って「事業」であるとの認識をどの程度有していたものであるかについて考察する。

被告人が不動産取引に携わるようになったのは昭和三九年頃農家を止めて、札幌に出てきたことと被告人の知人に不動産業を営むものが多かったことによるものであること、

その后、被告人自身不動産取引回数が増加したので、昭和四三年及び昭和四四年に税務署に行き、取引回数と事業性について聞きていることそして、被告人の問いに対し税務職員は年間三回程度の不動産取引であれば「事業」にあたらない旨の回答がなされたこと、被告人は一つの物件につき買って売ることを以て一回の取引と理解していたことから「事業性」を帯びてくる取引回数について誤解していたこと、

(3) 以上の各事実からみると、被告人には昭和四七年中に行なった売買についてそれが「事業」となることについての認識は極めて低くかったものであり、被告人が意識的に「事業性」を隠蔽して税の申告を行ったものではないのであります。

(4) 特に、北海道企業局に売却した(苫小牧市弁天二四八番所在)行為が「事業」であると認定したことについて問題があるものと考える。即ち、

<イ> 被告人が右企業局に売却した土地は被告人が昭和三九年に投資の目的で買ったものであること、そして八年間も保有していたこと、

<ロ> 右企業局は苫小牧東部開発のための用地買収を目的として設立されたものでありその性格は公的色彩が強いものであること、

<ハ> 又、企業局から買収の申入れがなされた場合、これを拒否することができず、半ば強制的に買収されてしまうものであり、

もし、企業局からの買収に応じないとすると買収対象地を緑地区域に指定されるとか、あるいは換地処分に付されるなどの処分をされるおそれがあったので、被告人としては他の方から企業局からの買収価額(七、三一〇万三、〇〇〇円)よりも高く買受けたいとの申込みがあったが、右に述べた事情により止むなく企業局の買収に応じたに過ぎないものであること、

<ニ> 本件土地の譲渡取得税はすでに納入していること

などの事実をみても明らかな如く被告人が事業取得として申告しなかったことを以て、被告人の行為が悪質なものであると断定することはできないものと考える。

(四) 次に沢口幸一郎との売買取引について

(1) 被告人が苫小牧市弁天二八二番一と同二八三番一との土地を沢口に一億四、五二〇万円で売却したのであるが、その売買代金を税務署に申告しなかったことについては全く遺憾なことであるが、しかし、日頃から真面目な生活を送っていた被告人が何故かかる犯罪行為をなしたかということであります。

(2) そこで、沢口と被告人との従来の取引関係が本件犯行の背景にあると思うのでその点について触れてみる。

<イ> 沢口とは昭和四四年七月二二日右土地を三ツ屋と共同で金一、二三〇万円で買受けたことから知合いになった。

<ロ> ところで右土地は農地であったことから、直ちに本登記ができず、登記簿上被告人らは仮登記のままであった。その后昭和四六年二月頃、沢口から被告人の自宅に電話があった。その電話の内容は、右土地の売買について申告していなかったが、税務署が近く土地の売買について調らべに入っているので、先の取引の売買代金を金銭消費貸借とする取扱いをしてもらいたいと懇願されたので止むなくこれを了承した。しかし、金銭消費貸借にするとのちに本件土地を取得することができなくなることを慮って念書(昭和四六年二月二〇日付)をも作成した。

<ハ> 沢口はその后においても本件土地の本登記手続を被告人において請求するも応じないところから、昭和四七年に至り本件土地を買戻しをしたいとの申入れがなされてきた。被告人としては本件土地の近辺が苫小牧東部開発が行われるところで土地の値段が急上昇をしていたときなので、他に売却したい気持ちがあったが本件土地が農地であり、沢口の協力なくしてはスムーズに本件土地の移転登記ができない状態にあったので、止むなく沢口の要求を受け入れ、沢口に一億四、四五〇万円(坪当り五、五〇〇円)で売却することになったのである。(当時被告人のところには坪当り六、五〇〇円位で本件土地を買受けたいとの申込みがなされていた。)

<ニ> ところで、本件土地の売買代金についての税務上の処理をするに当り、沢口の要望により、登記簿上所有者名義が未だ沢口になっていたので、被告人が本件土地の売主として表面に出でないことにし、そのかわり、売買代金の中から本来被告人が負担しなければならない課税率五二%となるが、沢口が本件土地を他に売却することになれば課税率が二二%となるので、被告人において右二二%分の二、八八〇万円負担することとなったのである。

<ホ> 被告人においてはこれだけ高額の取引であるから、税務署に発覚するおそれがあるので、正式に申告したい旨、沢口に申し入れたのであるが沢口から頼まれて結局申告しなかったものである。

被告人が沢口の要求を呑んだのは、すでに沢口と取引につき、税務署に対し土地の売買代金ではなく、貸金である旨偽りの申立をしていたことから、沢口の要求を入れなければ従前の違法行為を沢口が申立てることをおそれたためである。

<ヘ> ところで沢口は検察官に対する供述調書において、専ら被告人に頼まれて脱税行為を行なったものである旨述べているが全く事実に反するものと云わなければならない。すなわち、

被告人は沢口との当初の取引において真実売買であるのを隠蔽して金銭消費貸借として税務署に申し述べたことに端を発してそのまま引きずり込まれたものである。被告人としては本件土地の売買につき、税務署に申告しなかったことによりほとんど利益を得ていないのである。仮に被告人が沢口以外の買人に本件土地を坪当り六、五〇〇円で売却し、五二%の課税がなされたとしても、沢口との取引において最終的に取得できる額とほとんど差異がないのである。

<ト> 一方、沢口において被告人が本件売買の表面にでないことによりまず、本件土地の売買は長期譲渡との取扱いとなること(一担被告人に転売して買戻しをしてから売却すると短期譲渡となり課税率が著しく異なる。)特に、沢口は被告人から本件土地を買戻しをなすときにはすでに大成総業に二億二、〇〇〇万円売却しておりこれが長期譲渡の取扱いを受けることにより莫大な利益を得ているものであり、さらに被告人において、本件土地の売買についての税金として二、八八〇万円を負担していること、加えて、沢口において当初売買により取得した金一、二三〇万円についての課税からも免れていることなどの各事実からみると、本件土地の売買において被告人が申告しないことにより利益を得ているのは正に沢口である。

<チ> したがって、被告人が本件土地売買につき税務署に申告しなかった被告の行為は責められるものであるが、しかし、以上述べてきたことからも明らかな如く、被告人にも充分酌量すべき点があるものと考えられる。

三、一般的な情状について

被告人はこれまで前科前歴が全くなく、本件事件発覚后一億円以上税金を支払っており、残額についても支払うべく所有不動産を売りに出していること、又年令的にみても高令者であり再犯のおそれは全くないこと、今回の事件でこれまで血と汗で蓄積した全財産がなくなってしまうことからすでに制裁は充分に受けていること、そして被告人自身今回の行為を深く反省していること。

四、以上、述べました各事実を総合すると、原判決の刑の量定は著しく重いものであり、特に罪金二、五〇〇万円に処するとの点はあまりにも厳しすぎるものと考えるので御庁におかれまして、この点充分な御配慮下さるよう御願い致す次第です。

以上

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